詩『できれば全てのがらくたを私が発明したかった』

なんのために毎日働いて
お金を稼いで食べて家賃を払って
トイレットペーパーがなくなったらトイレットペーパーを買って
そんなことをしてるんだろうとトイレで考えだすと止まらなくなる


裸の自分
というところから考えてみると
今自分は便座に腰を落ち着けて用を足した直後で
服を着ていて
巻き取ったトイレットペーパーを手に持っていて


そこから
体に触れているもの以外は
そこからもう
ぶわっと一瞬一気に広がっている
外側に永遠かと思うくらい


もっと簡単に生きられるんじゃないか
例えばこのバスとトイレが一体となった三畳ほどの空間で


とまで考えて
そういうところに住んでいる人もいると気づいて
失礼なことを考えたような気がして恥ずかしくなる


私はその三畳の空間をバスとトイレとしてしか使っていず
ダイニングとかキッチンがあるのが当たり前というか最低限だと思ってる
思ってしまっている
あわよくば
お金が貯まればもうちょっと広いところに住んでみたいとさえ


なんのため
の「なんの」にあたるものがこまごましすぎている
あれ買ってこれ買ってあれも買って
と結局買うものしか思い浮かばないのもまた悲しい


私は買う以外の手段で手に入れるものはもう手中にしているのかと考えてみると
意外なことにそんな気が少しした
そして同じ分だけ
そうでない気もした


私の中にある優しさと醜さは
私の外側のものを失って裸になったときに剥き出しになって


もっと言えば肉体というものも失って
魂みたいに空中をふわふわしながら生きていけたら
栄養も住むところもトイレットペーパーもいらなくなったら
自由だとは思うかもしれないけれど多分すぐに肉体が欲しくなる
そして服が欲しくなって住むところが欲しくなって
挙句の果てにはトイレットペーパーなんて欲しがってこうなってしまった