2021-01-01から1年間の記事一覧

(3)『交差点』

やけにきれいに舗装された道路を走り ワンボックスカーは高速に乗った 車内には作業着姿の六人の男 疲労と すでに明日の疲労を見据えた苛立ちで満ちていた それではやりきれないと 誤魔化すように あちこちでライターを擦る音がきこえる 家に帰ればタバコが…

(2)『自室』

夜遅くアパートに戻り ベッドに倒れ込む 誰か着替えさせてくれまいか 世界一着心地のいいパジャマに それだけで俺は世の中を憎むことをやめられるだろう 目が覚めたとき 俺はTシャツにジーンズ姿 いつからかベッドの汚れは気にならなくなった シャワーを浴…

(1)『街』

お前が働く街で 俺たちは偶然再会した 唖然とする俺を見て お前はただ笑っていた それを見て俺も ぎこちなくではあったが 笑うことができた よく知らぬ都市の繁華街 お前と肩を並べながら 少し洒落ており かつ支払いに困らない店を探した ちょうどいい店を見…

詩『逆流』

うまくいかないことが続くと 人は世の中を憎み始める 何もかもが自分とは逆に流れている その流れに乗る術がないから せめて逆行することで 自分の存在価値を証明しようとする あいつらの瞳に お前が映っていると思うか? 抗い傷だらけのお前に合わせて 一緒…

詩『ドクター・ストップがかかるまで』

かつて俺は もっと自信満々だった 万能ではないが 少なくとも 自分が決めたことは 必ず実現できると 自分が特別だと妄信しているわけではなかった ほとんどの人間は やろうともせず やっても簡単に諦めてしまう だから俺は やり 諦めない側の人間であろうと…

詩『孤独のメニュー』

砂漠の真ん中の孤独 夜中の甲板での孤独 群衆の中で感じる孤独 ベッドで力尽きたときの孤独 あたたかい家族を見たときの孤独 同じ空間にいながら言葉も視線も交わさない孤独 あげくの果ての うまく焼けたステーキを食うときの孤独

詩『胸』

高速を走る車から手を出して あるいは二の腕の後ろを触って 女の胸の感触だとふざけていた 触ったことがないから ふざけることができた 想像し 頭を膨らませた しかし一度実物を触ってからというもの そんなことはしなくなった ガキっぽいと 過去の自分たち…

詩『OK、問題ない』

大丈夫、と鏡の自分に言いきかせる 何度も何度も 大丈夫なんだろうと思い込んだ俺は すっきりした気持ちで机に向かう そして一章を書き終えたあたりで ふと いったい何が大丈夫なんだろうと考える 金を手に入れれば 鏡の中の俺は満足するのか? それとも女を…

詩『診断が下されて得られる安心もある』

夢を見て目を覚ます その夢が何かを示唆している気がする 俺はこう考えているんじゃないか こんな傷を負っているんじゃないか 深層心理にこんな欲求があるんじゃないか 見栄と少しばかりの理性で抑え込んでいるんじゃないか その解明は精神科医や臨床心理士…

短編小説『サイレン』

サイレンが近くで止まり、救急隊員を呼ぶ怒声が通りに響いた。俺はベッドから身体を起こし、煙草に火をつけてベランダに出た。 救急車は、向かいのラブホテルの前に停まっていた。隊員の一人が先にホテルに入り、残りの隊員がリアドアからストレッチャーや大…

短編小説『どこを掘り返せばいいのかとっとと教えろ』

天井のシミは、永遠に眺めていられそうなほど特徴がなく、しかしそれゆえに何かがあるぞと思わせた。真に平凡な人間こそが、偉業を成し遂げるのかもしれない。その真っ黒いシミは、部屋の薄暗さによって魅力を増しているのだろう。 俺の中で希望が膨らみかけ…

短編小説『きっとそれは最高に違いない』

アルコールだけでなく夜遅くまで家庭的な料理を出してくれるバーで出会った男とその日のうちに寝た。 私はそれまで、知り合ったその日に男と寝たことはもちろん、声をかけてきた男と甘い言葉を交わしたり、危うい雰囲気になったりといった経験がなかった。一…

短編小説『告白は秘密基地にて』

平日の昼過ぎに目を覚ましても慌てることなく、隣で寝息を立てる裸の女を眺めていられる。こんな生活ができるなんて、こうなるまで考えもしなかった。 たいていの女は、身体を横に向けて小さく丸まる。仰向けだったとしても、口を大きく開けて、目を半開きに…

短編小説『ただ静かに眠りたかっただけなのに』

幸子は、一週間前から毎日、夜中に床下から響いてくる騒音で目を覚ましていた。枕から顔を上げると、蛍光塗料で光る時計の針は、決まって四時を指していた。 布団をかぶり、しばらくすると眠っている。だが朝になって目を覚ますと、なんとなく眠り足りないよ…

短編小説『そう甘い人生がお前に用意されるわけがない』

女は、夜道を歩いていた。残業を一時間してから、混雑した電車に乗り、駅で降り、自宅に向かっていた。 女は、不機嫌であった。営業部の二人の男のせいで、自分が残業をするはめになったことに憤っていた。十七時ちょうど、女が自分の仕事をすべて終え、帰る…

短編小説『振り返ったときに後ろが見えているとは限らない』

一カ月前に女が出ていってからというもの、俺は腑抜けだった。酒を飲むのも面倒になり、とにかくずっと眠っていたかった。悪い夢を見るのは二回の就寝につき一回だったので、起きているよりはマシだった。 俺の身体は、十五時間以上は続けて眠れないようにで…

詩『明日の食事の心配があるからこそ私は良質な睡眠を確保する』

思い返せば そこそこうまくやっているようで そうではなかった 下手な微笑みを浮かべながら いつも腹の中で叫んでいた 違う、違う、違う! だが何が違うのか分からず 流れに身を任せるしかなかった 自分をごまかして紛れ込み なぜか褒められることもあった …